考えを変えるのか。考えを忘れる(?)のか

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安倍政権崩壊を望むのは誰?

おはようございます。

安倍晋三が総理になれば日本は(想い描く)理想郷になる。
とでも考えていたのでしょうか。
百人居れば、思い描くものは違うように思います。
けれど、誰もが望む理想郷は、税金のない世界、嘘偽りのない世界。でしょうか。
けれど、けれど、事実は小説より奇なり。欲望渦巻く魑魅魍魎の闊歩する世界では理想郷は夢やエサでしか無いように思います。
出来れば関わりたくない世界です。
が、ネットという道具を通じて世界の一部を覗き見することも出来るようになった。
拡散される情報から、世界の一部を全体にまで広げて解釈する人々まで出て来ています。
まるで、世界の全てを知っている神か何かのように。

敵を欺くには味方からとか。
日本を美しき国にするためには、想像を絶するような血みどろの闘いが必要でしょう。
歴史に if がなくとも、歴史や伝統から人は学ぶことが出来るはずです。
性急に答えを求める人々は、歴史や伝統から何を学んでいるのでしょうか。
メッキではない沈黙には忍耐と深慮が不可欠です。

転向して恥じない人は、やせ我慢が苦手です。
そして、やせ我慢が出来ない人は、(人の言葉で)容易に誘導されます。

日本を護りたいなら、今の生活にだけ目を向けるのではなく、
自らが死して後の世の事、先人の死の意味を考えねばなりません。
やせ我慢が出来ない人は、今が大事な人であり性急に答えを求める人です。

>「もう!考えを変える!!あんな奴は切れ!」

保守風味の国民主権論者が国を滅ぼすのかも知れません。
戦後教育は、彼等を増やすために多大な貢献をしたと思います。

転向は、自らを信じられなくなった証である気がしてなりません。
自らを信じられなくなれば… やせ我慢も覚悟も出来るはずが無いのです。

安倍総理に過大な期待をし絶賛した同じ人がTPPや消費税では罵倒する。
「お前の母ちゃんデベソ!」 と言いあう兄弟げんかのようにも思えるのですが、
そんな甘いじゃれあいは、世界では通用しないと考えています。

Comment by: 元気  | 2013- 10-10 | 編集

 《安倍晋三が総理になれば日本は(想い描く)理想郷になる。》

 冗談でなく、本当にそう考えていたんだと思いますよ。民主主義の社会で、一人一票の平等選挙の中で、真剣に考えていた人もそうでない人もせこい人もおおらかな人も売国な人も国粋主義者も、みぃ~んな一票なんだから、そんな個々の理想が違うのに「同じ理想郷を描いている」、なんて絶対にあり得ないのに。
 「税金のない世界、嘘偽りのない世界」を望まない人もいますからね、確実に。
 「笑って見過ごせ自分の失敗」「他人の不幸は蜜の味」、なんてことも言います。
 そんな賤しい人も一票。それが民主主義、ということを「是々非々」を強調する人は語ろうとしませんね。
 教養次第で解釈は全く変わる、ということをみんなあまり考えないのですが、大まかに国民によって特殊な性質はある、ということは最近、近隣の数ヶ国が教えてくれています。せめてそれを見ればいいんですが。
 我が国は「和魂洋才」として、大変なやせ我慢をして見せた武士のことを、もう一度しっかりと見つめなければならないと思います。やせ我慢は才能ではなく、謙虚、思い遣りと同じく、努力して培うものですからね。

 《保守風味の国民主権論者が国を滅ぼすのかも知れません。》

 「保守風味の」。言い得て妙ですね。
 

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2013- 10-10 | 編集

《ネットに「井戸端」はない》
《「あらゆる批判が、個別の小さな批判が、全体を破滅に導く。」》
《「支持を訴えながら、部分的に批判できると思う、その考えは甘すぎる。」》

昨日読んでからずっとこれらの言葉が引っかかっていました。
これをあちらには書かなかったことも。


転向することや考えを簡単に変えてしまうことは、そこに至る考えのプロセスか、はたまた時間の経過か、深さがないということのように思います。
流行を追う事と何となく似ています。
愛着がそれほどでもないから簡単に転換でき、自分の都合により簡単に切り捨てることができるのですね。

簡単に捨てられるものをたくさん抱えて生きてる人。
捨てられずにひとつへ執着しすぎるのも困りものですが、すぐに捨てることができるものばかり、というのも、なんとも虚しいもの。
断捨離と同じで、常に大事なものは何かを見つめ直すバランスが内面にも必要です。

Comment by: るる  | 2013- 10-11 | 編集

 おはようございます。
 「伝家の宝刀」、じゃないけれど、いつでも使えるように研ぎあげて置く。
 それが「考え」、「考え方」としたら、問題は遣い手の腕前、です。品性と言いましょうか。
 名刀(考え)を何本も持っていたって、それを研ぎあげていたって(考え方)、遣い手が喧騒な竹刀稽古しかしてないんじゃあまりまともには遣えない。
 転向する、ってのは大変なことなんだと思ってます。
 けど、それをいとも簡単にやってしまって、「何だ、大したことないじゃないか」、と大変な思いをして転向した人を軽視する人がいる。それでは何も学べない。また、「煙草やめる、なんて簡単なことだ。やめられないなんて、根性ないな」と言い切る人がいる。
 そんなもんじゃなかろう、と思うんです。禁煙と転向と並べるなんて無茶苦茶みたいですけど。
 でも、なかなか切れないのが、「クセになってる」煙草、「クセになってる」考え方、と見たら一緒ですからね。
 逆に「(しっかりとした)考え方」、なんてのは「クセにしよう」として随分な努力をして手に入れるものだし、嗜好性なんてほとんどないから、ほっときゃ(使わなければ)忘れてしまう。

 情報収集命!みたいな人が情報に寸評つけたって、自身の考えにはならないだろうにと思ってるんですが。

 まとまりのないことをごちゃごちゃ書いてしまいました。

 結局は、やっぱり、是々非々なんて他人に厳しく自分に甘い、ただの我儘でしかないんじゃないかな、なんて思ってます。
  

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2013- 10-11 | 編集