「楯の会」初代学生長

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こんばんは。

歴史にifはありませんが、
護りたかったもののために命を懸けたのだと思います。

国家の礎となられた方々のご冥福をお祈りいたします。

Comment by: 元気  | 2013- 10-09 | 編集

 楯の会は三島氏の自決によって終わったと思う人が多くなってきたようです。
 が、歴史の流れを見るに、三島氏の自決によって楯の会の会員は草莽の士となり、三島氏の蒔いた種として各方面に影響を与えていったのだと思います。
 本当に「護る」ことを始めたのは、自決以後、と考えても良いのかもしれません。田母神氏だって、あの時は冷ややかな目で見ていたわけだし、鈴木氏は産経の管理職への道を歩いていたんですから。
 

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2013- 10-09 | 編集

おはようございます。

>本当に「護る」ことを始めたのは、自決以後、と考えても良いのかもしれません。

なるほど、なるほど… なるほどな視点ですね。
ただ、そうだとしても、「もったいない」 と思わずにはいられません。

Comment by: 元気  | 2013- 10-10 | 編集

 《ただ、そうだとしても、「もったいない」 と思わずにはいられません。》
 全く、まったく、です。
 学生運動は、70年の安保自動更改以降は時宜に応じて、更改改正についての会議をする、という事になっていたため、反対運動としては焦点が絞り切れず、結束が崩れ始めました。
 僅か5年後には、そんなこと、もうどうにもならない、ということで、当時の学生は革命をスッカリ諦めた、日和った、と思われていました。

 しかし、実際は、昨年までの民主党政権を見ればわかるように彼らの考え方は全く変わることなく各分野で、勢力を成し、今は強大な勢力を築いています。法曹界然り、医学界然り、教育界然り、です。鎌田某という紙パンツの宣伝している人だってそうでしょう?法曹界は大半がそうです。津川雅彦氏の言通り、映画界なんかは酷いものですよね。
 そんな中で、表向き、名前が出ずに必死の活動をしてきた民族派全学連系の人も多くいる。
 持丸氏はその一人なんだ、ということを、朝鮮の手先、裏切り者、と罵倒され続けている鈴木氏しか叫ばない、という事が、何とも薄っぺらな話だな、と思っています。

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2013- 10-10 | 編集