日本が日 本であるかぎり、

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話せば分る

 話せば分るといった理想と妄想を持っている人が多い国ほど まとまりはありません。
家族でも、夫婦でも、友達でも、ましてや知らない同士ならなおさら、譲れないものがあります。
幾ら話しても納得しないから、ケンカや離婚をする訳です。下線の文
日本の政治家同士でも話し合いで解決する事は、難しいはずです。
ましてや、人種や教育、宗教、生活環境の違った国同士の話し合いなどで解決する事など 物凄く難しい事は、まともな人なら誰が考えても分かる事です。
だから、いざこざや争いが起こります。
ならば戦争以外でどうすればよいか、それは簡単な事なのです。
ひとつは自分が折れる事。
もひとつは、仲間を増やし相手にみせつける事です。
日本のやった事といえば、隣の国とばかり仲良くしようと媚びたり、金をばら撒いたり、下手に出てばかりで、相手を図に乗せるだけでした。
その努力をインド、ベトナム、バングラディシュ、ネパール、カザフスタン、モンゴルなど これらの国々に、中国や朝鮮などに投資したぐらいのものを、投資していればよかったのでしょう。
何をしても無駄な国は無駄だと早目に理解することの出来る指導者を望みたいものです。
阿部さんがそうである事を願うばかりです。

Comment by: るどるふくん  | 2013- 08-13 | 編集

分かると分かり合う

 「話せば分かる」と言ったけれども、「問答無用!」と、テロルに倒れた総理大臣。
 「話せば分かる。人間だもの(?)」という9条信者。
 「言い分が分かる」というのと「分かり合える、仲良しになれる」。
 同じようでも覚悟が全く違います。
 そして、民族が違えば、これは歴史を背負って「今」があるのだから、話して分かる、更に分かり合えることはまずない。ただ、妥協点を探るだけですよね。
 日本だって、実は譲れぬ一線、と言うのを、意識としては持ってました。「武士の一分」がそうですし、「一寸の虫にも五分の魂」がそうです。
 ただ、それは「諫め腹」とか「死に花を咲かせる」、と言うのと表裏だった、と言ってもいいでしょうね。だから或る意味、「凄み」があったんだと思います。
 今、それが日本人にできているとは思えません。戦後教育で育った人が大半になってしまいましたから。
 けれど、歴史を見れば、古人の在り方を思い出すことも、倣うこともできます。
 
 「仲間を増やし相手にみせつける事」
 現政府はそれを意識していると思いますし、ここには古人の在り方(譲れぬ一線)に倣おうという意識もある、と感じます。
 先日のサッカーの試合で「歴史を忘れた民族に未来はない」との至言が大写しになりました。残念ながら私には読めない文字だったんですが、勿論あれは自国(彼らの国)に対する強烈な批判です。
しかし、我々も「他山の石」とすべきでしょうね。

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2013- 08-13 | 編集