向上の目指すところ

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Comment by: -  | 2013- 07-10 | 編集

Re: ためになりました。

 ご覧いただきありがとうございました。
 私の日記は話があちこちに飛んでしまって。ただ書き散らしたまま、みたいなものが多いので、自分でも呆れてしまうことがあります。
 従って私の立てている分類そのものがいい加減なものですから、気が向かれたらどこでも適当にご覧ください。
 中途半端ながら、剣術を少し習っていました。それで得た考え方で、物事を考えるしか方法がないものですから、何を考えるにしてもそればかりです。

Comment by: 再起SR400  | 2013- 07-10 | 編集

こんにちは。
いつも深いお考えに感心させられます。
私などは先生の動きに憧れて追いつきたいと思っていただけですから・・・
『今に全力を尽くす』示現流の考え方ですね。
そして、それを取り入れた沖縄手の考え方とも同じですね。
神道の「中今」日蓮聖人の「臨終只今にあり」などと同じで素晴らしいと思います。
これからも色々と教えて頂きたいと思います。

Comment by: うるとらまん  | 2013- 07-11 | 編集

ありがとうございます。
例によって大口をたたいております。
ぼんやりしていたら5年くらいすぐに経ってしまうようなこの頃、やっと、「今」が相対的に見えるような感じがして来たように思います。
「居合は一太刀で刀を消す」、みたいなことを、昔聞いたような気がしますが、今頃になってそれが感覚的に分かるような気がします。勘違いでなければいいんですが。

Comment by: 再起SR400  | 2013- 07-11 | 編集

お早うございます。
「居合は一太刀で刀を消す」が感覚的に分かることは興味深いですね。
再起SR400様はかなりの修練をされた方と拝察いたします。
コメントでも学ばせて頂き有難う御座います。

Comment by: うるとらまん  | 2013- 07-12 | 編集

大法螺を吹き過ぎてるみたいですね。
飽く迄も「気がする」、ですから。
「相対的な『今』」の上での感じ、でしかありません。
「思いっきり勘違いしてた」、って、数年後、猛省してるかもしれません。

Comment by: 再起SR400  | 2013- 07-12 | 編集

おはようございます。
ブログが更新されないので、何か失礼なコメントを送ってしまったのか心配しています。
私の勘違いでしたならお許し下さい。
「居合は一太刀で刀を消す」は、今から40数年前に私が学んだ先生に初めて見せて頂いた。
「技を見えないように消す」と同じものだと思ってしまったのです。
意味を取り違えていたならお許し下さい。

Comment by: うるとらまん  | 2013- 07-13 | 編集

 いえいえ。そういうわけではありません。
 却って申し訳ないことをしてしまいました。ただの怠け癖ですから。
 「居合は一太刀で刀を消す」、という事については飽く迄も、認識上の問題で、「今」の実感が、この歳になってやっと感じられるようになったような、ということです。物理的な術技の高みの話ではありません。

 うるとらまんさんの看取されたところは、現実に技を見えなくしてしまう身捌きのことかと思います。
 「盗め」と言われたって盗むに盗めないものでしょう。
 駒川改心流の黒田鉄山師範が民弥流居合を遣われる時、切っ先が鯉口を離れた瞬間、「刀があり得ない角度から抜きつけられ終わっている(変な表現ですが)」のとか、本部御殿手の上原清吉師範の対人演武の、間に入る瞬間みたいな。

 修得なさった琉球拳法というのは、日記を拝見しているうちに何だか形意拳の郭雲深と晩年の弟子王向斎の話と重なって見えて、何だかわくわくしました。ただ立っているだけ、という風「にしか見えない」稽古が、意と身体を一体化させるための近道、というか王道というか。
 全くの門外漢ですので、ブログでもっと拝見したいなあ、との思いを強くしました。

Comment by: 再起SR400  | 2013- 07-13 | 編集

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Comment by: -  | 2013- 07-15 | 編集

メールを、と思うのですが。
どうやったらいいのでしょうか。

Comment by: -  | 2013- 07-15 | 編集

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Comment by: -  | 2013- 07-16 | 編集