「初心を忘れていた!」

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訪問ありがとう

訪問ありがとう。
僕自身のリハビリのブログに書き込みをされるのは嬉しいものです。
リハビリと言う「内容」は別にしても一期一会の刺激は楽しいものです。
明治30年代の日清戦争と日露戦争の「戦間期」に悩んでいた若者たちに今ひきつけられています。真宗派から追い出された清沢氏です。
今の僕たちも「信」ということで悩んでいます。
彼らも「信」で悩んでいた。
状況としては確かに「総選挙」という政治村でのお祭りが始まっています。
僕たちの「信」という思考も無関係ではないでしょうが、この程度の状況にかまけてしまう「信」への熱望では、情けないでしょう。
僕は「老兵」です。
貴君は「若い兵」です。
えも、御互いに「信」とは何かと「もがいている」コトには違いはないと思っています。
君は若いから「10年も」もがけば、貴方の「思考本」をモノにできるでしょう。
頑張ってください。

Comment by: 中年不良探偵団  | 2012- 12-03 | 編集

ありがとうございます。
なかなか書き込めないものですね。やはり、思いついたまま、人の迷惑省みず、でやらないとできないのかなと思ったり、いや、自分が妙な色気出して、ちょっとでもカッコつけようとしているからそうなのかと思ったり。
 「信」、と言うのは、結局相手を、ではなく自分を信じられるか否か、ということのように思うようになりました。
 何もしないで自分を信じることはただの能天気だし、かと言ってそれなりに何かをやったとしたら、当然満足の行くところまではいかないわけで、その心残りが自身の不信の根になりますから。
 そう考えていくと、「国民に信を問う」という一言について、政治家のかんがえる「信」と国民個々の考える「信」には、随分隔たりがあるんじゃないか、と。
 勿論、国民の思う「信」、の方が、桁違いにレベルが低いんです。マスメディア並みに。

Comment by: 再起SR400  | 2012- 12-05 | 編集