戦争と絵画④藤田嗣治(日本に捨てられた・・・。)

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再起SR400 さま

大作「戦争と絵画」読ませていただきました。
疲れました。

2006年京都国立近代美術館であった
「LEONARD FOUJITA 生誕120年 藤田嗣治展」を見に行ったのですが
その時の目録には
「戦時下で」と題して
以下の5作品が展示されていました
1.シンガポール最後の日
2.アッツ島玉砕
3.神兵の救出到る
4.血戦ガダルカナル(京都展不出品)
5.サイパン島同胞臣節を全うす

私見ですがFOUJITAは自分を受け入れない日本画壇と
闘っていたのではないかという気がします。
例えば
「サイパン島同胞臣節を全うす」などはなんとなく洋画で
見たような構成でそれまでFOUJITAが描いてきた作風とは
明らかに違っています。
「どうだ、西欧ではこんな風に描くのだ」と云わんばかりです。
解説を見るとフランスの画家アリ・シェフールの「スリオート族の女たち」などに
ヒントを得たのではないかと書かれてあります。
軍部が彼の才能を見出したと言えなくはないが
むしろFOUJITAが戦争画というテーマを一つのきっかけとして
日本画壇との戦いを始めたのではないかと思えてなりません。
今でこそ
戦争画にいろんなレッテルが張られ
ちょっと構えてしまいますが
ルーブルで戦争を題材にした戦争画を
見慣れたFOUJITAにとって
それはやがて自分の作品も
これらと肩を並べるのだというぐらいに
思い込んでいたかもしれませんね。

「血戦ガダルカナル」「アッツ島玉砕」などはまさにこれは
地獄絵図だなと思っていたら
後世の作品「黙示録」の中に同じような絵を
見つけFOUJITAのしたたかさというか芸術家魂に
頭が下がります

逆に
「サイパン島同胞臣節を全うす」などは
神社にでも飾っておきたいような
崇高さを感じさせる絵です。
「どうだ、戦争という汚くて血なまぐさい
ものを題材にしてもこれだけの崇高なものにできる。
これが芸術だ」
と云っているような気がします。

これらの作品を一体どこが所蔵しているのか
気になりますね
全て東京国立近代美術館が所蔵しているのです。
これらの作品はFOUJITAが故郷日本に見せたかった力技
だったのかもしれませんね。

戦後のフジタは、日本を追われるというより
自由な世界が戻ってきて
再び本当に描きたいものが描ける世界へと
戻っていった。そんな気がします。

うーん
芸術はムツカシイ

酔龍

Comment by: 酔龍  | 2012- 11-17 | 編集

Re: タイトルなし

 ありがとうございます。
 こんなに気合の入ったコメントいただいて、びっくりしました。
 世間話ばかり、脱線ばかりの日記で、あんまり中身がないものですから。
 独り善がりで訪れる人も少なく、いつも読んでいただいて楽しくなれるようなことは書いていません。

 他の場所に書いた日記を、何かの拍子に失ったら後悔するだろうと言って下さる方があって、ここには保存のつもりで転載をし始めたのですが、酔龍さんのような方に出会える、という思いがけないこともあるんですね。

 藤田画伯という人は、仰る通り、日本画壇と闘っていたのでしょう。ただ、本人が意識していたのとは違った内実があったのじゃないかな、と思っています。
 絵を描くことによって日本画壇に痛棒を食らわせる、「これが戦争画というものだ!」と見せつけるといったようなことは考えていたんでしょう、おそらく。
 しかし、その藤田の知る(実感している)自身の、日本画壇に対する破壊力、というのは自身の想像を超えたものだったんじゃないかな、と思っています。
 画壇からすれば、全く歯が立たないくらいの画力、筆力の差が藤田にはある。
 だから、途中から日本画壇なんて眼中になくなった。自身の追及する、表現のための「新しいジャンル」として戦争画を見るようになり、画壇との闘いなんてすっかり霞んでしまった、そんな感じに見ています。

 それが敗戦で、絵とは全く違う方向からの画壇の逆襲を受け、すっかり嫌気がさしてしまう。

 でも、結果として、彼が再度渡仏し、遂に帰国はしなかったということは、彼の気持ち(日本に捨てられた)はともかく、彼にとっては良かったのかもしれません。
 画壇と日本国民とが分けられていませんよね、彼の頭の中では。
 認められたくて、目立ちたくて、称賛を浴びたくてやってきた画業というパフォーマンスが、画壇との闘いに(政治的に)敗れた時、日本国民にも捨てられた、という感じになったのかもしれません。

「地獄絵図だなと思っていたら
後世の作品「黙示録」の中に同じような絵を
見つけFOUJITAのしたたかさというか芸術家魂に
頭が下がります

 これがその「日本に捨てられた」と感じた藤田を、別の角度から見た時の正論なんだなと思います。

> これらの作品はFOUJITAが故郷日本に見せたかった力技
> だったのかもしれませんね。

 この「力技」、というのが心に響きました。

> 戦後のフジタは、日本を追われるというより
> 自由な世界が戻ってきて
> 再び本当に描きたいものが描ける世界へと
> 戻っていった。そんな気がします。
>
> うーん
> 芸術はムツカシイ

 自分を認めてくれるフランスで、「日本に捨てられた」と口にしつつ絵を描き続けられた、ということが、実は一番幸せなんじゃないのかな、と思ったりします。少なくとも地獄変の画工と違って、「絵を描き続けること」だけは奪われなかったのですから。

ありゃ?脱線しましたね。

Comment by: 再起SR400  | 2012- 11-17 | 編集