池波正太郎のこと⑥人を見る(見詰める)目

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私は勘でなんとなく書いてしまうもので、、あとでフォローし辛いところがあるなと思ってます。
池波正太郎の作品から御無沙汰してもう何十年になりますので、もうほとんど記憶にありません。
が、先回書いた内容は自分の人生観や他の作者のものを読み比べるうちに心に浮かんだものを抽象的に書きました。

この記事の最初の方にありましたでしょうか?
彼の鬼平のコンセプト、、。
「人は良いことをしながら悪いことをし、悪いことをしながら良いことをする」

たしかにそうなんでしょうけども割り切りすぎというのもあるような気がします。
とりあえず、、気がする、、というだけなんですが、、^^。

まあ、人の考え方にあれこれ注文をつけてもはじまりませんが、彼の作品には面白い工夫は随所にあっても、、いずれ本棚の隅の方に置かれることにはなるんだろうとは思うんです。
大変失礼な書きようだとは思うんですが、それが私の印象なんです。

Comment by: 杜若  | 2012- 04-28 | 編集

Re: タイトルなし

 ありがとうございます。
 まとまらないままに終わりましたが。いや、これが今の私のまとめですかね。

> この記事の最初の方にありましたでしょうか?
> 彼の鬼平のコンセプト、、。
> 「人は良いことをしながら悪いことをし、悪いことをしながら良いことをする」

 まともにほぼ読んだのが「剣客商売」だけで、「鬼平犯科帳」に関してはテレビの再放送を面白く見るくらいですから、書かなかったんですが、「人は良いことをしながら~」はテレビ番組でも何度か聞いた覚えがあります。
> たしかにそうなんでしょうけども割り切りすぎというのもあるような気がします。
> とりあえず、、気がする、、というだけなんですが、、^^。

 ここが株屋の頃に手に入れた、氏の世間、人間の捉え方なんじゃないかなと思ってこの日記を書いたのです。確か、後には易の勉強もやっていますね。相当に自信もあったようです。「株」「易」「割り切りすぎ」。
 
> 彼の作品には面白い工夫は随所にあっても、いずれ本棚の隅の方に置かれることにはなるんだろうとは思うんです。
> 大変失礼な書きようだとは思うんですが、それが私の印象なんです。

 同じ本棚の隅の方に置かれるようになっても、ちらっと目に入った時、何だか申し訳ないな、とかちょっと後ろめたいような、とかいった気持ちになる場合と、全くそれを感じない「ああ、そういえば、前に読んだんだっけ」というのとありますね。確かに氏のは・・・・ですね。
 「割り切りすぎ」「濁り」。相反するような言葉ですが、仰るとおりだと思いますよ。
 「深読み」とか「見詰める」ということをせず、早々に結論を出してしまう。そうしなければ着弾してしまう、というのは表面、剣客も株屋も一緒ですからね。
 薄っぺらであろうが、誤報であろうがそうしなければならない。
 ただ、「いつだってそうしなければ」と結論を出して、省みることがないから、海音寺潮五郎に酷評されたのでしょうね。

Comment by: 再起SR400  | 2012- 04-28 | 編集