「『水は冷たい』ということが分かった」 (分かる①)

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三っ太刀さん

4年水をかぶったなんて・・・
なんだかカッコイイです。

道は形から入って全てに通じるのです。

お茶を飲むのにも作法を付ければ厳かなように
水で体を清めれば禊にもなるというものです。

お釈迦様も悟るために6年も苦行されて
苦行は辛いと悟ったそうですが
歳月にはそれなりの重さがあると思います。

Comment by: 楽さん  | 2017- 03-02 | 編集

 スクワットをして暑くなってから、だから、言ってみればサウナから出て水風呂に飛び込むようなもんで、そんなに大変なことじゃないですよ。だから続いたんでしょう。
 そういえばお釈迦様は断食行で死にそうになって、「苦行は辛い」と悟られたんでしたっけ?
 一般には
「あほか。そこまでせんと分からんのか」
となるんでしょうが、お釈迦様からしてみれば、
「やらないでいて、それ(例えば苦しさ)が分かるのか?単に想像して分かったつもりになっているだけではないのか?」
 だったでしょう。

Comment by: 三っ太刀  | 2017- 03-03 | 編集

お釈迦様はノイローゼになって
6年間苦行を行ったのちに死にかけます。

そこでスジャータという村娘に
牛乳粥をもらって「うまい」と思い
しみじみ苦行は役に立たないと思ったのです。

6年間の飲まず食わずが
食べることの有難味や
苦行では煩悩を捨てきれないということの悟りを得たのです。

そこで得た悟りは「中道」であり
平たく言えば「何事もほどほどだなぁ」という
身のふたもないことだったりします。

Comment by: 楽さん  | 2017- 03-03 | 編集

 スジャータ~、スジャータ~、白い広がり~・・・ってCM、知ってます?
 あれ、このお釈迦様の話から名づけられたんでしょうね。
 6年間、飲まず食わずで生きている人はいないでしょう。初めは肉や魚は食べない、だったのだけれど、植物もやはり命があるわけで、それを食べるということは植物の命を奪うことだ、と思いが至った時、お釈迦様は植物も食べられなくなった(食べることができなくなった)のだ、と或る本に書いてありました。
 だから、本当は「断食」行ではない。「日々是道場」、で、これを生活として、実践し続けた、ということなんでしょう。
 ほどほどを分かるために、全ての問題に真正面からとにもかくにも向き合わなければ、という生き方は科学者そのものですね。

Comment by: 三っ太刀  | 2017- 03-03 | 編集