問題(の本質)を見詰めようとせず、解決しようとする。

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三つ太刀さん

歴史に正しいものは無く
あるのは勝者の「てめぇが悪かったんだ」という
歴史史観しかありません。

昨日、伊藤寛先生の動画を聴いていて
そう思いました。

反対派を根こそぎ追放して
悪の日本に原爆を落として
焼夷弾で市民を焼き払ったアメリカこそ正義であると
声高に叫んでいます。

結論を急ぐ者は何か勘違いしているのかもしれません。

Comment by: 楽さん  | 2016- 09-17 | 編集

 おっしゃる通り、歴史とは、人間の行動の事実、そのものですから、善悪も正不正もありません。
 善悪、正不正を決めるのはその歴史の「見方(史観)」で、当然自分本位ですよね。唯物史観だって皇国史観だって、皇統史観、「近代化最重要!」史観、だって、「見方(史観)」という点から言えば同列、ということになります。勿論、自虐史観も。
 それだから、「史観」というのは、大小、優劣、高低、硬軟いろいろ雑多なものがあるわけで、我々としては往生するしかない。それでも、はっきりした足場があって、というのなら、まだ理解もできるのですが、時と場合、ひどいときには気分で足場が変わる鵺のようなのは困ります。二重国籍の説明が二転三転する、なんてのはあまりに自由(?)な足場どころか浮草の上、みたいで。
 「人が社会をつくり、社会につくられる(相互浸透の形で人間となる)ことを繰り返すことで、社会(人間も)は発展していく」、ということを考えれば、「アメリカが正義」の根っこである白人高等種「史観」をまず潰さなければ、と、高山正之氏の言を聞いて思うようになりました。

Comment by: 三っ太刀  | 2016- 09-17 | 編集