手さぐりで「相撲の道を歩く」

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こんばんは。

そうですか。北の湖が亡くなったのですか。
ここに書いてあるとおり、無愛想きわまりなかったですね。でも、そんな理由だったとは思いもしませんでした。
手探りの相撲道だったとしてもまっしぐらでしたね。

ご冥福をお祈りします。

Comment by: そらのくも  | 2015- 11-22 | 編集

そらのくもさん
 ちゃんと「もう一歩、前へ出れば勝てる」、を見直してから書けば良かったんですが。
 当時、そういった類の本は、まず買わなかったのに立ち読みで終われなかったのは、やはり蒙を啓かれるというか、新鮮な驚きがあったからのようです。剣術の稽古で何となく感じ始めていたことが書かれてあったからかもしれません。 

Comment by: 三っ太刀  | 2015- 11-23 | 編集

オール1の成績表

昭和28年生まれの北の湖が21歳と何ヶ月かで横綱になって2・3年経った頃ですから、恐らく昭和50年を少し過ぎた時分のことだと推測しますが、週刊朝日や新潮のような週刊誌雑誌の記事で、北の湖が自身の小学校時代の成績表(通信薄)を悪びれもせず記者に見せ、あまつさえその写真まで撮らせて記事の本文横に掲載されていたのを読んだ/見たことがあります。
成績の中身はものの見事に「オール1」でした。
それまでは他の相撲ファンと同じく北の湖はあまり好きでなく、先輩横網である輪島のファンでしたけれども、上の、悪びれもせずにオール1だった成績表を開陳する北の湖の、それからはすっかりファンになってしまいました。あの人柄が好きでした。
この半年か一年くらいは、着用している背広がどんどんダブダブに、大きくなっていってましたね、北の湖。

もともと興業目的で組織・確立された大相撲と呼ばれる格闘技に、神事といったような過度な精神性や神秘性をわたしは余り求めませんけれど、でも北の湖の取組みには、何かひたむきな求道のにおいがしたものです。

Comment by: さる  | 2015- 12-13 | 編集

 さるさん
 ありがとうございます。
 文中にも書いた通り、私と北の湖は同い年ですから、彼が脚光を浴びていた時は、私は怠け者の学生で。世の中に出てからも十ぐらい年上の(何しろ横綱ですから)立派な大人、という感じでずっと見ていました。学校の勉強ができる、とは思ってなかったけど、オール1、ですか!そりゃまた思いっきりのいいことで。
 でも何だかわざとやってたんじゃないかな、と思ってしまいますね。それくらい愚直な相撲を取っていたんじゃないかな、と思います。
 負けが続くようになると、何とも寂しくなりましたよ。輪島のような、いい加減、というか、人をくったような姿勢が全くなかったのが何より好きでした。
 興行相撲だからこそ、そんな姿勢で取り組み続けていたのが、仰る通りひたむきさを感じさせてくれたんでしょうね。

Comment by: -  | 2015- 12-13 | 編集