足場(立脚点)

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三つ太刀さま、こんばんは。

とても良いお話ですね。

この場合、師範(宗家)が弟子に一切技を見せない場合には
師範代はどのように対応すればよいのでしょうか?

Comment by: うるとらまん  | 2015- 02-07 | 編集

うるとらまんさん
早速にありがとうございます。
私の場合は、たとえて言えばその師範代にはるかに及ばない、門人の末席に居るようなものです。だから、師範と師範代の間に関しては何も言うべき言葉がありません。
しかし、師範と師範代の関係は、師範から見れば師範代は弟子ではなく、弟弟子という方が感覚的に合っているのに対し、師範代の方から見れば、必死に近づこうとするのにどんどん離れていく絶対的な「師範」でしかない、というものなのではないでしょうか。

 
「弟弟子に技を見せればたちどころに技の本意をつかまれ、自分は追い抜かれてしまうのではないか。もしそうなれば、その弟弟子は流儀を馬鹿にして、新流を立てるかもしれない。そんなことになれば自分の師匠に合わせる顔がない。」

師範は流儀を大事に思うがゆえに師範代には技を滅多に見せない。同時にそれは師範代に道を踏み外して欲しくない、師範代に全伝を伝えたいと思うが故でもある。

そんなことを夢想しました。

Comment by: 三つ太刀  | 2015- 02-07 | 編集

ありがとうございます。

師範代には見せるのですが、他の弟子には見せない場合なのですが・・・

Comment by: うるとらまん  | 2015- 02-20 | 編集

うるとらまんさん
ありがとうございます。言葉足らずだったようで申し訳のない事でした。
師範が「師範代以外の」弟子に一切技を見せない場合、師範代にできること、というのは、一つしかないんじゃないでしょうか。教科書通りに、基本の形を愚鈍に見えるくらい大きくゆっくりとやってみせること、がそれだと思います。
師範代が当たり前にやっている事が、他の弟子からすれば「これなら十分に真似られる」と思っても、やってみたらなかなか同じようにはできないということを、実感させる。
それが師範代なんじゃないかと思いました。
「努力したら師範代のところまでならいけるんじゃないか」と感じて(思い込んで、または早合点して)奮起するしか、弟子の手立てはないんじゃないかとわが身を振り返って冷や汗をかく思いです。

Comment by: 三つ太刀  | 2015- 02-21 | 編集