顧みるに

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こんばんは。いつも教えて下さり有難う御座います。

スピリチュアルカウンセラーの方から『心』を教えるようにとアドバイスを受けていました。

よく分からなかったのですが『心』って覚悟のことなんですね。

Comment by: うるとらまん  | 2014- 03-29 | 編集

うるとらまんさん
有り難うございます。
スピリチュアルカウンセラーの方の仰る『心』というのが、わたしの思っている其れかどうかは分かりませんので、軽はずみなことは書けませんが。どなたに教えるのか、で意味も変わってくるでしょうし。
「心」と「心構え」は別にして考えていました。「心」は「意地」「境地」等の「心の在り様(ありよう)」ではないか、と思っています。
対して「心構え」は意図が見えていますから、「覚悟」なのではないか、と。心の在り様ではなく、心の持ち様、と言いましょうか。

「早く戦争をやれ!」というのが心構え、覚悟だと思っている人が多かったということは、上述の手紙の件で分かりますが、その「心」をつくろうと努力してきた形跡は、あまり感じられないな、と思いながら転載しました。

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2014- 03-29 | 編集

ありがとうございます。

『「心」』は『「心の在り様(ありよう)」』ということですね。

再起(せき)SR400さまの仰られる『心の持ち様』は
よそから与えられた猛々しい心の外側の覚悟ではなく、
心の内側から感じられる慈悲とか思いやりを大切にした覚悟ということと解釈して良いのでしょうか。

Comment by: うるとらまん  | 2014- 03-29 | 編集

おはようございます
考える機会をいただき有り難く思います。
心の在り様と心の持ち様という書き方をしましたが、勿論この二者が対立しているということではないと思っています。
仰るように「慈悲とか思いやりを大切にした覚悟」も前掲の「早く戦争をやれ!」、みたいなのも心の持ち様ではないかと思っています。
うまく言えないかな、と思っていたら、神道で日常的に遣う言葉、「和魂、荒魂、幸魂、奇魂」、があるではないかと、やっと気が付きました。心の在り様が「和魂」、その外に向かう発動の形が「荒魂、幸魂、奇魂」と言えるのかもしれません。

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2014- 03-29 | 編集

こんにちは

武士道は美学ですね。

こうしろ、ああしろといったノウハウでないものは、何かと誤解されますが、立ち振る舞いや思想を含めての日本人の美学なんだと思います。

何が正しくて正義かなんてものは、時代に翻弄されていきます。
「戦争はいけない」なんて誰でも思ってることを殊更騒ぎ立てて正義を主張する人間たちの、その「人間的でない主張」に疑問です。戦争をしろと煽っていた新聞が戦後真逆なことを言い始めたことといい。。。それに騙される人間といい。。

人間の本質からくる衝動に目を背けてはいけないということでしょうか。

Comment by: シエル  | 2014- 03-29 | 編集

シエルさん
ありがとうございます。
「武士道は美学」。確かにそうかもしれませんね。そして、美学というものは感情的なものではなく徹底した理性からのものでしょうから、武士の立ち居振る舞い、武士でない我々がそこから学んだもの、全て美学かもしれません。
 「侍」というのは「さぶらう」を基とする「さぶらひ」、「侍る」、で、主人、或いは貴人を守るために付き添う者ということですから、一挙手一投足の全てにおいて無駄のないものでなければなりません。
それが徹底していくに連れて考え方も徹底していく。
大事なのは美学があって武士道がなったのではなく、無駄のない挙動が武士道という考え方を生んだ、ということでしょうね。

Comment by: 再起(せき)SR400  | 2014- 03-29 | 編集