「桜田門外の変」(切れない刀)③

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藩邸の対応は

現場を歩いてみれば良く分かりますが
桜田門から藩邸まではキロメートルに満ちません
と考えると藩邸からはホンの2~300メートル程度の筈
当然、争闘音も聞こえていたはずと思いますが、やはり怯懦
からきたものでしょうか、なにしろ半分も逃げているようですので
この点について御教授の程を。

Comment by: mesato  | 2014- 12-03 | 編集

 「争闘音も聞こえていたはず」なのに、何故助けに来なかったのか、というお尋ねでしょうか。
 もしそうだとしたら、それは怯懦からだろうか、ということならば、一概にそうとも言えないんじゃないかな、と思います。
 建物の中で大きな声を発している場合は、結構聞こえるものですが、野外で人家はほとんどない、という時は、思ったほど声は届きません。切り合い時の刀の打ち合う音や斬撃時の発声って意外と小さいでしょう?
 ですから、助けに行かなかったのではなく気づきもしなかった、というのが本当のところなんじゃないかなと思います。
 更にもっとひどく考えれば、気付いていても助けになんか行かない。主人を見捨てる、というより死んでもらう。そして次の藩主を立てる。

 武士として考えるならば、ここで死んでしまう主人や、守ることのできなかった家来等は武門の恥ではありません。背中を見せずに戦ったのですから。
 しかし助けに行くことは主人や供の者の力を軽視していることであり、助けに行って助けられなかった、それどころか新しい負傷者を出したりしたら、後々家の廃絶につながりかねない大問題を抱え込むことになります。「援軍を出して負けるとは!それで先陣が務まるか!!」

 守るのは主君ではなく、主家、というのが武士の在り方ではなかったでしょうか。何しろ「井伊の赤備え」ですからね。私はそう思いたいんです。

Comment by: 三つ太刀  | 2014- 12-03 | 編集

有り難うございました

ウーンッ、吉良邸討ち入りの際の上杉藩みたいな心境なのかなぁ
ただアチラは実子とは言え別家ですが、コチラは主君ですからねぇ
小説・映画で描かれている、襲撃計画を諫言した家来を一蹴した
直弼に対する、しっぺ返しで「聞こえていたけど知らないモンね」
とは思いたくないし
ヤッパ、聞こえなかったで納得しておきます。

Comment by: mesato  | 2014- 12-03 | 編集

 早速にありがとうございます。
 今の感覚で見ることは避けた方が良いんじゃないかと、いつも思っています。

 別の日記で西郷隆盛のことについて書いたんですが、明治維新以降の西郷の変貌は小説家、学者にとって興味の尽きないものでありましょうけれど、彼の父の、彼の育て方や彼の応え方を見れば、西郷の本意は些かも揺らぐことはなかったのだと今でも思っています。
 井伊直弼自身の覚悟もさることながら、侍というものはいかに在るべきか、について井伊家の主だったものは、ちゃんと理解していたんじゃないかな、と。
 諫言を受け入れられなかったから意趣返し、では武士道など欠片もないんじゃないかと思うんですが、そうやって見ると、歴史上の人物、ってどんどん卑小なものに見えてきますね。
 歴史学者はそう言うところに自身の思いを重ねる人が多いような気がしています。

Comment by: 三つ太刀  | 2014- 12-03 | 編集